イラストレーターの個人事業税について調べる機会がありましたので、情報整理しておきます。
事業税の法律は、いまの時代に合っていないため、早急に改正すべきだと思いました。
目次
事業税の納税義務者
事業税の納税義務者(誰が事業税を納める必要があるのか)は、地方税法第72条2項「事業税の納税義務者等」で定められています。
3 個人の行う事業に対する事業税は、個人の行う第一種事業、第二種事業及び第三種事業に対し、所得を課税標準として事務所又は事業所所在の道府県において、その個人に課する。
(中略)
10 第三項の「第三種事業」とは、次に掲げるものをいう。
一 医業
二 歯科医業
三 薬剤師業
四 削除
五 あん摩、マツサージ又は指圧、はり、きゆう、柔道整復その他の医業に類する事業(両眼の視力を喪失した者その他これに類する政令で定める視力障害のある者が行うものを除く。)
六 獣医業
七 装蹄師業
八 弁護士業
九 司法書士業
十 行政書士業
十一 公証人業
十二 弁理士業
十三 税理士業
十四 公認会計士業
十五 計理士業
十五の二 社会保険労務士業
十五の三 コンサルタント業
十六 設計監督者業
十六の二 不動産鑑定業
十六の三 デザイン業
十七 諸芸師匠業
十八 理容業
十八の二 美容業
十九 クリーニング業
二十 公衆浴場業(政令で定める公衆浴場業を除く。)
二十一 前各号に掲げる事業に類する事業で政令で定めるもの
上記には、第一種事業から第三種事業までの限定列挙のうち、第三種事業だけを引用しています。他の事業についてご興味があれば、下記のe-Gov法令サイトから見て頂ければと思います。
事業税の法律の問題点
この法律の問題点は、世の中にある様々な業種のうち、一部の業種を「限定列挙」して、事業税の納税義務を課している所です。
限定列挙とは、「この法律に挙げた特定のものだけを、この法律の対象とします」という法律の作り方です。法律で限定列挙を使用する場合は、曖昧さを排除し、解釈が含まれないように作る必要があります。
限定列挙の反対を例示列挙と言ったりしますが、例示列挙は、「この法律に挙げたようなものが、この法律の対象となります」という法律の作り方で、法律の対象者を大枠で指定する時に使われます。
地方税法第72条2項「事業税の納税義務者等」は、限定列挙で書かれた法律です。この法律が作成された大昔は、この程度の限定列挙で良かったのかもしれませんが、今は時代が違い、様々なサービスが存在します。
「デザイン業」が何を指すのか、今となっては、定義がとても曖昧となってしまっています。
福岡県税の審査請求を読む
法令を探ってみたところ、福岡県税の審査請求の採決事例が見つかりました。審査請求を却下された後、裁判まで行かずに終わっていますが、課税庁がどのように考えるのか、とても参考になりました。
本件をガッツリ要約すると、次のような審査請求になります。
県税「令和元年から、あなたの事業を”デザイン業”に指定したから、事業税課税するね!」
事業者「法律で限定列挙された”デザイン業”を、課税庁が拡大解釈して課税していいのか?」
詳しくは下記の公開されている審査資料のPDFを見てください。
私見ですが、この審査の結論自体は、現行の法律の解釈として、ある程度納得できるものだと思います。法律に不備があることが明確で、それに納得いかなくても、法律には従わなければなりません・・・
イラストレーターはデザイン業なのか?
上記の審査請求では、地方税法施行令第15条の2が争点となりました。
地方税法施行令第15条
2 法第七十二条の二第十項第十六号の三に掲げる事業(デザイン業のこと。筆者補足)は、継続して、対価の取得を目的として、デザイン(物品のデザイン、装飾に係るデザイン又は庭園若しくはこれに類するものに係るデザインをいう。)の考案及び図上における設計又は表現を行う事業とする。
イラストレーターは第三種事業の「デザイン業」に該当し、事業税が課税されると言われています。
上記の地方税法施行令第15条の2だけでは、「デザイン業」の中にイラストレーターが含まれるとは、私には読めませんでした。
上記の審判事例を読み進めると、審理員の意見として、下記の記載があります。
(1)審査請求人が営む事業はデザイン業に該当するかについて ア 個人事業税の課税対象であるデザイン業の定義について、施行令及び取扱通知では、「継続して、対価の取得を目的として、デザインの考案及び図上における設計又は表現を行う事業をいうものであり、ここでいうデザインには芸術活動により創作される作品は含まれない」とされている。
それでは、「芸術活動による創作」とは、どのようなものなのか。引き続いて記載されている審査会の意見の中に、
その事業は、顧客等からの依頼に基づくものであることと、事務所を設け、給料賃金、接待交際費として一定の経費を計上していることに鑑みると、審査請求人の事業が利益の追求を直接の目的とせず、自由な創作を行う芸術家業に該当すると認めることは困難である。 したがって、イラストパース作成業務がデザイン業に含まれるとした処分庁の判断に不合理な点は見当たらず、本件処分に違法又は不当な点は認められない。
と記載されています。
「利益の追求を直接の目的とせず、自由な創作を行う芸術家業」は事業税の課税対象外、と法解釈されている事になります。
イラストレーターの方達の中にも、
- 日頃から描いていて、時々引き合いがあって絵を買ってもらっている人
- 出版社から「こういう絵を描いてくれ」と指示された絵を描いて、納品している人
がいると思います。
上記の審査会の意見に基づけば、前者は事業税が課税されず、後者は事業税が課税されるはずです。
しかし、今現在の地方税法第72条2項の運用では、イラストレーターと名乗ると、前者も後者も事業税が課税されてしまいます。
つまり、課税庁としては「利益の追求の有無」は論点ではなく、「イラストレーターは芸術家業ではない」と考えているという事になるのではないでしょうか。
私は、イラストレーターは芸術家だと考えていますので、この法律運用はいかがなものかと思います。
また、「イラストレーター」と名乗らず「画家」と名乗れば事業税が課税されない、というのもナンセンスです。
業種間の不公平是正は急務
利益の追求を直接の目的として創作を行っているデザイン業に類似する業種で、事業税が課税されていないものもあります。
業種間の不公平な課税を是正するためにも、業種を限定した事業税課税は取りやめるべきだと考えます。
地方税法第72条2項は限定列挙を削除すべき
そもそも、事業税は、事業を行うにあたって使用する公共サービスの経費の一部を負担する目的で課税されるものです。
また、日本標準産業分類によると、産業分類として1,269業種もの業種が挙げられており、そのうちの一部の業種にのみ事業税を課税するという事は、事業税の課税目的・税負担の公平性を著しく損なっていると考えます。
これからの事業税のあり方として、
- 地方税法第72条2項の限定列挙を削除し、事業税の本来の目的に立ち戻り、幅広く課税する
- 中小零細事業者の負担を軽減するため、応能負担原則に基づき、足切り額(非課税枠)を増額する
事を検討する時期に来ているのではないかと思います。